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日本の「戦後民主主義」とは何だったのか?

朝鮮解放/日本敗戦後70年にあたる今年、日本では「戦後民主主義」に対するさまざまな議論がなされている。

村山談話はじめ過去の首相たちが植民地支配や戦争について日本政府の見解を発表してきた首相談話の構想において、今年4月、「戦後の歩みは戦前の侵略に対する痛切かつ全面的な反省の上に成り立っていたものだといえる」(田中明彦・国際協力機構理事長)と言及された。

また、戦争法案に反対する学生緊急行動(SEALs)においても「戦後70年でつくりあげられてきた、この国の自由と民主主義の伝統を尊重します」と謳われている。

はたして、日本の敗戦後70年の歩みは「侵略に対する反省」や「自由と民主主義」の上に成り立っていたのだろうか?

それに疑義をはさまざるを得ない事実として、次の誇らしげな記事が産経新聞にて掲載されている。

朝鮮戦争でも発揮された海自の機雷掃海DNA、その実力とは


朝鮮戦争時、「日本は掃海艦艇33隻を派遣し、29個の機雷を処分した」。「昭和60年〔1985年;引用者挿入〕まで主要航路の掃海活動を重ね、約7千個の機雷を処分した。この間、79人の殉職者を出している。」

これは、日本が平和憲法のもとで人員・兵力ともに戦争に参加した事例である。紛争当事国が敷設した機雷を処理する行動は、国際法上、「武力の行使」とみなされる。

1946年に公布された日本国憲法第9条において「戦力を保持しない」とある。

しかし、日本は朝鮮戦争においてすでに武力を行使していたのだ。

90年代以降、ペルシャ湾においても同様に機雷掃海作業が海上自衛隊によってなされている。

安保法制、集団的自衛権、秘密保護法など、平和や民主主義の危機を語る昨今において、敗戦後まもなくしてすでに日本が平和憲法を形骸化してきた事実を看過しているように見えてならない。

そこには、朝鮮戦争を端緒として日本国外でなされてきた戦闘行為については「平和主義」を裏切るものと見なされなかった問題性がそこに横たわっていると見られる。

日本の国内だけでは見えてこない朝鮮情勢との連関性を見なければ、日本に住む私たちも判断を見誤るのではなかろうか?そして、その立ち位置は朝鮮人としての視点が重要であると改めて考えさせられる。(正)

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南の民主化闘争と民衆歌謡

 1948年の「大韓民国」建国以来、南の歴史は民主化と統一を求める民衆たちの闘いの歴史であった。その闘いはもちろん政治的な闘いだったわけだが、文化を通した運動も活発に行われた。

 南には「民主歌謡」と呼ばれる歌のジャンルがある。
 1970年代の朴正熙政権下、民主化運動を展開する新たな学生運動が始まり、「運動圏」と言われるようになる。この運動圏の学生たちが、生活や文化をも見直そうとする中、商業主義的な「大衆歌謡」を拒否し、新たな「民衆歌謡」を作り始めたのがその始まりである。
 当初は大衆歌謡の替え歌や、ロシア民謡である『ロシア農民歌』や、アメリカの『Wes shall over come』などが歌われたが、その後独自の歌が作られ始め、『아침이슬(アチムイスル、朝露)』の金敏基など、民衆歌謡を歌うプロの歌手も誕生している。かつての独裁政権下では民衆歌謡は事実上「発禁」扱いであったが、民主化が進むにつれ広く歌われるようになり、今日でも新たな民衆歌謡が誕生し、愛されている。
  『바위처럼(パウィチョロム、岩のように)』などは、皆さんも耳なじみがあるのではないだろうか。

 ※꽃다지 _ 바위처럼, 일요일이 다가는 소리
  
 その民衆歌謡の代表的な歌として、「임을 위한 행진곡(イムル ウィハン ヘンジンゴク、あなたのための行進曲)」という歌がある。
 この歌は、1980年の光州民衆抗争(5.18)で犠牲になった方たちを悼んで作られたものである。その年の12月に、5.18で犠牲になったユン・サンオォン烈士と、労働運動の過程で亡くなったパク・キスン烈士の霊魂結婚式(死亡した男女の霊を悼んで死後結婚をする儀式)でこの曲が発表され、その後軍事独裁政権を批判する歌として民衆の間で広く歌われ、今では光州民衆抗争を象徴する歌となっている。
 『あなたのための行進曲』は南で民主化が進み、5月18日が国家記念日に格上げされた1997年から2008年まで、公式行事でずっと斉唱されてきた。
 ところが、李明博政権になって以降、この歌が公式行事で斉唱されなくなった。政府側が公式行事でのこの歌の斉唱を取り止めたのである。
 政府が『あなたのための行進曲』の「追放」を具体的に企図したのは2009年からである。国家報勲処は2009年末に『あなたのための行進曲』に代わる5・18公式記念歌を公募で選ぶと発表、この時は世論の反発を受けあきらめたが、2013年にも5・18民主化運動記念式で歌う追慕曲を公募形式で製作するために4800万ウォンもの予算を編成した。
 この歌だけではない。今年の済州4・3犠牲者追悼式では、4.3関連歌である『眠らざる南の島』、『小さな椿の歌』などが合唱曲から外され、4.3と何の関係もない歌が流され続けた。(この件の詳細は、ハンギョレ新聞の次の記事を参照されたい。「あなたのための行進曲」に続き「眠らざる南の島」も受難

 これらは一体何を物語っているのだろう?ことの本質は、歌が歌われる、歌われないにあるのではない(もちろんそれ自体も大事なことだが)。
 昨年の統合進歩党の解散、在米同胞シン・ウンミ氏の追放にも象徴されるように、李明博、朴槿恵の保守政権になり、南は明らかに「逆コース」を歩んでいる。まるで、1980年以前の軍事独裁政権下に戻ろうとしているかのようである。
実際に、国内では「従北」の名の下人権が侵害され、6.15と10.4により大きく前進した南北関係も6.15以前のような最悪の状態にある。
 このような「反動政治」が、その矛先を民衆歌謡にも向けているのである。

 しかし、南の民衆は、いかなる抑圧、弾圧の中でも屈することなく闘ってきた。もちろん、その闘いは今日も続いている。
 そう遠くない内に、また『あなたのための行進曲』が民衆によって声高に歌われる時が来ると確信している。(賢)

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