留学同情勢ニュース

留学同が朝鮮半島情勢や在日同胞に関する記事を配信するブログです。

【戦争前夜の危機的状況–砲弾射撃事件の真相とは?

朝鮮半島情勢が危険水域に達している。
発端は何だろうか?

8月4日、非武装地帯の南側に位置した憲兵哨所周辺に埋められた地雷「M-14」が発破し、南側の兵士2名が負傷するという事件が起きた。

すでに、この「事件」によって危険な兆候はあった。

南側軍部は、地雷が大雨によって流されたことが原因だと公開した。

ところが、事件発生6日後の10日、国防部は記者会見で「北による挑発」だと発表し、続いて合同参謀本部も「対北警告声明」を出し11年間中断していた「対北心理戦放送」を再開したのである。
「対北心理戦放送」は本質において、朝鮮の社会制度を誹謗中傷し「早期崩壊」を目論むもので、「6.15共同宣言」精神にも反する。

さて、南側軍部はこれに続き20日、何の根拠もなく北側に向け砲弾射撃を行った。南側の合同参謀本部は、「北が先に挑発をしてきた」と主張したが、北側の朝鮮人民軍 最高司令部は全面否定した。

なんとも曖昧な話である。
「北が先に挑発をしてきた」という砲弾は、肉眼でも確認できず砲声すら聞かれていない。(探知レーダーを通じて確認したというが、機械のミスで虚像が見えることが多々あるそうだ。)

このような事態に、朝鮮人民軍 総参謀部では20日17時、南側の国防部宛に「48時間以内に対北心理戦放送を中止し、すべての心理戦手段を全面撤去しなければ即時強力な軍事的行動に移す」と最後通牒を送った。
夜には、朝鮮労働党中央軍事委員会 非常拡大会議が召集され、金正恩第一書記自ら指導された。
一方、朴槿恵大統領は21日に軍司令部を訪れ「北の追加挑発に徹底して断固対応せよ」と指示した。

しかし、南朝鮮の戦時作戦統帥権はいまだに米国が握っている。
朝鮮外務省が指摘するように、「砲射撃自作劇の背後に色濃く映っている米国の影を逃して」いない。常に米国の影響があることを忘れてはならない。

22日18時から南北高位級接触が行われた。

北側からは黄炳瑞 総政治局長と金養建 党統一戦線部長が、南側からは金寛鎮 国家安保室長と洪容杓 統一相が会談に臨んだ。

予断は許さないが、ピンチをチャンスに切り替えるような劇的な進展を望んでやまない。(泰)

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「安倍談話」を読んで

8月14日に発表されたいわゆる「安倍談話」。

過去の村山談話、小泉談話より後退されたものが発表されることはわかっていたのでいちいち怒りも湧いてこないかなと思っていたのだが、あまりの醜悪さに強い怒りを感じざるを得ない。

ニュースでは、「侵略」、「おわび」の表現が使用されている、などといった論調があるが、言葉を使うかどうかが問題ではない。言葉はどのような文脈で使われるのかによって、初めてその意味が出てくるというのは言うまでもないことである。

安倍談話の中で特に気になった(=怒りを覚えた)部分を、以下に抜粋したい。

まず「日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました」という部分には本当に驚愕した。
植民地支配の下にいた人々を勇気づけるどころか、日本は日清戦争、日露戦争によって朝鮮植民地支配を決定づけ、その後実際に植民地支配することになったのではなかったのか?朝鮮や台湾の人々はアジアの民衆ではないのか?

「世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました」などは、右派がABCDラインがどうのこうのと、よく太平洋戦争を正当化する上で使う論理そのものではないか。

「戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか」。こんなものは被害者に対する侮辱以外の何ものでもない。「寛容」という言葉は被害者が使うものであり、加害者が言うものではない。

「日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」。もうここまで来ると言葉も出ない。あえて談話の言葉を借りるなら、口だけの「おわび」でまともな補償をしないことが「謝罪を続ける宿命を背負わせて」いるのではないのか?

彼の本音はもっと強烈なところにあり、侵略ではない、悪いことなど何もしていない、詫びる必要などなにもない、といったところなのだろうが、さすがにそうは言えないから、「配慮」をした結果、おそろしくこんな冗長で空疎で、長い割には意味のない文章になったのだろう。

安倍談話は、
-戦前の日本の歴史を美化するとともに、
-国内と欧米諸国だけに向けられたメッセージであり、
-植民地支配に苦しみ、まともな補償を受けられなかった結果今も苦しむアジアの民衆、被害者のことなど念頭にもない、
といったところに尽きるのではないだろうか。

安倍首相に人として問いたい。

あなたは、他国に支配され、無理やり望まない戦地や労働現場に送られ、重労働と激しい差別に苛まれ、異国の地で死なざるを得なった人々の気持ちを、一度でも想像したことはないのだろうか?

あなたは、騙されて戦地に連れて行かれ、性の奴隷にされ、無理やり多くの兵士の相手をさせられ、あらゆる侮辱を受け、人間としての尊厳をすべて踏みにじられた女性たちがその時、そして今何を思い、何を感じたのかについて、人として一度ぐらい思いを馳せたことはないのだろうか?

多分、問うたところで無理であろう。

しかし、これは彼個人だけの問題ではない。
この彼と同じように、もしくはそれ以上に、上記のように思っている人たちがたくさんいる。

それが私たちが住む今の日本の現状である。

解放70年、日本では終戦(敗戦)70年。10年後の80年(2025年)の今も、おそらく歴史について多くが語られるだろう。
しかし、10年後には本当に被害者はほとんどいない。
そのことを考えるとゾッとする。

そして、この歴史の否定は、すなわち日本の植民地支配の一番の証人である、われわれ在日朝鮮人の否定につながる。(現に、ヘイトスピーチや朝鮮学校差別に見られるように、在日朝鮮人を否定する動きが顕在化しているではないか。)

我々の闘いは歴史の闘いである。
歴史の忘却に対する、記憶の闘い、存在の闘いである。

解放70年、大いなる怒りとともに、改めてそれを肝に銘じたい。(賢)

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「戦後70年談話」を巡る論争に関してと、ここ最近の安倍政権の言説に関して思うこと

今年は(日本は「終戦」と言っているが)日本の敗戦から70年ということで、1995年の村山談話、2005年の小泉談話に引き続き、「戦後70年談話」が安倍首相によって準備されている。この談話は総理大臣の歴史認識が問われるところであり、村山富市をはじめとした歴代内閣の立場(過去の植民地支配と侵略に対して痛切な反省を表明すること)を引き継ぐのか、また、「植民地支配」「侵略」「痛切な反省」「おわび」などの具体的なキーワードが入るのか、といった議論がなされている。
この「戦後70年談話」を巡り、国際政治学者ら74人が「戦後70年総理談話について」という題で声明を発表した。

(声明の全文)

また、南朝鮮でも「歴代内閣の談話の歴史認識を確実に継承するとの点を明白にすることで、韓国など周辺国との関係を新たに出発させる成熟した姿勢をみせてほしい」と外交部報道官声明で強調している。

(聯合ニュース記事)

「談話」を巡る論争に関して、言葉の問題や「村山談話」「小泉談話」をいかに継承するのかといったことが争点になっているように思える。もちろん必要な議論だと思うが、これらのニュースを見ていると、前回の記事でも指摘されている通り、「戦後70年の歩み」の中で朝鮮戦争やベトナム戦争といった具体的な戦争で日本が武力を行使したこと(1950年、日本は朝鮮戦争に応答するため警察予備隊を設立し、1952年に保安隊に改編する。これが現在の自衛隊の前身である)、その結果今の「平和な日本」が成り立っていること、という視点が総じて欠けていると思わざるを得ない。この戦後史観-とりわけ1945年以降初めて日本が軍事的役割を果たした朝鮮戦争で日本は実際どのような行動をとり、どのような加害・被害をもたらしたのか-がごっそりと抜け落ちているという前提で現在の論争が繰り広げられていることを、私たちはしっかりと認識するべきである。「談話」だけではなく、昨年の「集団的自衛権」に関する議論や現在の安保法制に関する議論もそうである。


もうひとつ、最近の安倍政権の言説に関して思うことがあるのだが、その前に一度下記の記事と抗議文を見ていただきたい。

世界遺産で歴史わい曲/明治日本の産業施設、「強制労働」を否定(朝鮮新報 2015年7月7日)

「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録をめぐる日本政府閣僚の歴史歪曲発言に対する抗議文(日本の歴史歪曲を許さない!全国大学生行動 7月18日)

この記事と抗議文が指摘する通り、日本政府は「明治日本の産業革命遺産」を世界遺産として登録する際、強制労働の事実を理解できるような措置を取ると表明しながら、それをいともたやすくひるがえしてみせた。強制労働があった施設に設置されるはずの表示板などに関しても、未だ設置されていない。

また、8月6日に広島で行われた平和祈念式典では、安倍首相が「非核三原則」について触れなかったことをたくさんのメディアが取り上げているが、首相官邸のfacebookでは言及したことになっている。

広島原爆の日:「安らかに眠れない」 被爆者、「非核」触れぬ首相に不満(毎日新聞 8月6日)

首相官邸のfacebook


このような二枚舌は何も今に始まったことではないが、ここまで来るとさすがに呆れてしまう。もはや主義主張以前の問題ではないのか。話す場所や相手によってここまであからさまに言説が変わるのを見ていると、「戦後70年談話」など、どうせ言葉遊びで終わってしまうんだろうとさえ思う。
どのような「談話」が発表されようが、現在の在日朝鮮人に対する差別政策や歴史歪曲、「戦争のできる国づくり」はこのまま加速、加熱するだろうし、「談話」をきっかけにさらに右寄りな言説は増えることだろう。だからこそ、私たちはそのような状況を見据え、在日朝鮮人という立場から「在日朝鮮人に対する差別をやめろ!」「歴史歪曲をするな!」「加害の歴史を認めろ!」というメッセージを、今こそ大きく出していく必要がある。

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