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南の民主化闘争と民衆歌謡

 1948年の「大韓民国」建国以来、南の歴史は民主化と統一を求める民衆たちの闘いの歴史であった。その闘いはもちろん政治的な闘いだったわけだが、文化を通した運動も活発に行われた。

 南には「民主歌謡」と呼ばれる歌のジャンルがある。
 1970年代の朴正熙政権下、民主化運動を展開する新たな学生運動が始まり、「運動圏」と言われるようになる。この運動圏の学生たちが、生活や文化をも見直そうとする中、商業主義的な「大衆歌謡」を拒否し、新たな「民衆歌謡」を作り始めたのがその始まりである。
 当初は大衆歌謡の替え歌や、ロシア民謡である『ロシア農民歌』や、アメリカの『Wes shall over come』などが歌われたが、その後独自の歌が作られ始め、『아침이슬(アチムイスル、朝露)』の金敏基など、民衆歌謡を歌うプロの歌手も誕生している。かつての独裁政権下では民衆歌謡は事実上「発禁」扱いであったが、民主化が進むにつれ広く歌われるようになり、今日でも新たな民衆歌謡が誕生し、愛されている。
  『바위처럼(パウィチョロム、岩のように)』などは、皆さんも耳なじみがあるのではないだろうか。

 ※꽃다지 _ 바위처럼, 일요일이 다가는 소리
  
 その民衆歌謡の代表的な歌として、「임을 위한 행진곡(イムル ウィハン ヘンジンゴク、あなたのための行進曲)」という歌がある。
 この歌は、1980年の光州民衆抗争(5.18)で犠牲になった方たちを悼んで作られたものである。その年の12月に、5.18で犠牲になったユン・サンオォン烈士と、労働運動の過程で亡くなったパク・キスン烈士の霊魂結婚式(死亡した男女の霊を悼んで死後結婚をする儀式)でこの曲が発表され、その後軍事独裁政権を批判する歌として民衆の間で広く歌われ、今では光州民衆抗争を象徴する歌となっている。
 『あなたのための行進曲』は南で民主化が進み、5月18日が国家記念日に格上げされた1997年から2008年まで、公式行事でずっと斉唱されてきた。
 ところが、李明博政権になって以降、この歌が公式行事で斉唱されなくなった。政府側が公式行事でのこの歌の斉唱を取り止めたのである。
 政府が『あなたのための行進曲』の「追放」を具体的に企図したのは2009年からである。国家報勲処は2009年末に『あなたのための行進曲』に代わる5・18公式記念歌を公募で選ぶと発表、この時は世論の反発を受けあきらめたが、2013年にも5・18民主化運動記念式で歌う追慕曲を公募形式で製作するために4800万ウォンもの予算を編成した。
 この歌だけではない。今年の済州4・3犠牲者追悼式では、4.3関連歌である『眠らざる南の島』、『小さな椿の歌』などが合唱曲から外され、4.3と何の関係もない歌が流され続けた。(この件の詳細は、ハンギョレ新聞の次の記事を参照されたい。「あなたのための行進曲」に続き「眠らざる南の島」も受難

 これらは一体何を物語っているのだろう?ことの本質は、歌が歌われる、歌われないにあるのではない(もちろんそれ自体も大事なことだが)。
 昨年の統合進歩党の解散、在米同胞シン・ウンミ氏の追放にも象徴されるように、李明博、朴槿恵の保守政権になり、南は明らかに「逆コース」を歩んでいる。まるで、1980年以前の軍事独裁政権下に戻ろうとしているかのようである。
実際に、国内では「従北」の名の下人権が侵害され、6.15と10.4により大きく前進した南北関係も6.15以前のような最悪の状態にある。
 このような「反動政治」が、その矛先を民衆歌謡にも向けているのである。

 しかし、南の民衆は、いかなる抑圧、弾圧の中でも屈することなく闘ってきた。もちろん、その闘いは今日も続いている。
 そう遠くない内に、また『あなたのための行進曲』が民衆によって声高に歌われる時が来ると確信している。(賢)
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