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留学同(在日本朝鮮留学生同盟)が朝鮮半島情勢をはじめとして様々な情報や見解を発信するブログです。

在日朝鮮人の民族教育と自決権〜朝鮮学校「高校無償化」裁判と総連・共和国〜(上)

さる4月27日、愛知朝鮮中高級学校の生徒、卒業生たちが提起した「朝鮮高校生就学支援金不支給違憲損害賠償請求訴訟」(2013年1月24日提訴)について名古屋地方裁判所は、原告の請求を全て棄却する判決を下した。広島(2017年7月19日)、大阪(同年7月28日)、東京(同年9月13日)に次ぐ4番目の地裁判決だった。北南首脳会談が開催され、「板門店宣言」が発表されたその日、名古屋地裁前や報告集会会場では、在日朝鮮人たちの怒号が溢れた。

[朝鮮新報]〈愛知無償化裁判〉行政の差別を追認/“ありえない恥ずべき判決”
http://chosonsinbo.com/jp/2018/04/rp201804301/

 この愛知の地裁判決の特徴は、同様に原告側敗訴となった広島、東京地裁判決とも異なり、国側が主張する「不当な支配」(教育基本法第16条1項)の内実として、朝鮮学校の教育内容について具体的に言及し、総連・共和国による「不当な支配」の可能性(「合理的疑念」)を認定している点にある。国側の主張を追認するのみならず、司法が朝鮮学校の民族教育の内容にまで評価・価値判断を下し、総連・共和国に対する偏見を露わにしている点で悪質なものだったといえる。
 こうした「高校無償化」裁判をめぐる議論において常に焦点となるのは、朝鮮学校の民族教育と総連・共和国とのかかわりについてである。以下では、(一)愛知「高校無償化」裁判地裁判決の特徴について整理、検討し、(二)在日朝鮮人、朝鮮学校と総連、共和国とのかかわりについて在日朝鮮人の自決権といった観点から考察してみたい。

1.愛知「高校無償化」裁判地裁判決の特徴

 まず名古屋地裁判決の特徴について、判決要旨を中心に検討してみたい。
 第一に、この判決は指定規程13条に適合すると認めるに至らなかったことを理由に挙げた不指定処分に対する追認ありきのものである。愛知の地裁判決は、広島、東京地裁判決とは異なり、不指定処分が政治外交上の理由に基づくものであるという原告側の主張に対して、「〔不指定処分の背景には〕朝鮮高校を支給対象校とすることが拉致問題との関係で相当ではないという考えもあったと認めるのが相当である」とし、「拉致問題は、愛知朝鮮高校を支給対象校とすべきか否かの指定要件と無関係の事項であるから、これが不指定の理由とならないことは原告らの主張のとおりである」と認めている。
 しかし、「本件申請が指定要件に適合しなかった以上、文部科学大臣としてはいずれにせよ不指定処分をせざるを得ない」のであり、「拉致問題との関係でも指定は相当ではないとの考えを有していたとしても、それにより不指定処分が違法になるとはいえない」と判示した。下村博文文科大臣(当時)による2012年12月28日記者会見などからも確かめられるように、「拉致問題」などの政治外交上の理由に基づく朝鮮学校排除が結論としてあり、不指定処分の理由付けのために指定規程13条適合性を文科省が持ち出したことは明らかだ。判決はこうした明白な経緯、事実関係を等閑視し、規程13条に適合すると認めるに至らなかったから不指定処分にせざるをえなかったとする国側の主張を追認しているのである。
 こうした判決の立場は、不指定通知の理由提示をめぐって、行政手続法8条(行政処分の理由提示義務)違反と国家賠償請求に関する判断においても同様に確かめられる。2013年2月20日付で朝鮮高級学校10校に通知された不指定通知では、不指定処分の理由として、(一)規定ハを削除したこと、(二)指定規程13条に適合すると認めるに至らなかったこと(加えて愛知は、教員数に関する形式上の問題)が挙げられているのみでなんら具体的な理由は提示されていなかった。
 このことについて判決は、「単に要件適合性が認められない条項が本件規程13条であることを指摘するのみでは、いかなる事実関係に基づき、いかなる法令違反の疑いを認定して本件不指定処分がされたのかを、通知書自体から了知することはできないから、行政手続法8条1項の求める理由提示としては不十分である」と指摘した。広島判決が「処分要件の適合性については、申請者側において明らかにすべきもの」であり、「〔不指定処分の理由は〕原告法人において了知できた」とだけ言及したこととは異なり、名古屋地裁は不指定通知が「理由提示として十分でないといわざるを得ない」と指摘したのである。
 しかし、(一)理由提示の違法性は原告ではなく愛知朝鮮学園との関係における手続き上の瑕疵であること、(二)愛知朝鮮学園及び原告は審査会の審査経過や文部科学省からの確認内容を通じ、不指定処分の理由を事実上認識し得たことを挙げ、「不指定処分の理由提示が不十分であったことにより、原告らの法的保護に値する権利侵害が侵害されたとまでは認められず、国家賠償請求は認められない」と判示した。不指定処分における理由提示の不十分さを認めつつ、国家賠償請求の理由としては認められないと判断したのである。
 第二に、施行規則1条1項2号ハ規定削除の違法性に対する判断回避である。国側は不指定処分の理由の一つにハ規定削除そのものを理由に挙げていた。また国側のいう指定規程13条適合性について、2013年度以降に仮に確証が得られるようになったとしても根拠省令の削除によって朝鮮学校は指定を受けることができないのだから、当然ハ規定削除自体の違法性についても判決において検討されなければならなかったはずである。
 しかし判決は、「本件省令ハの削除が仮に違法であったとしても、本件不指定処分の実体的違法性を基礎付けることにはなら」ないとして、ハ規定削除の違法性に関する判断をする必要がないことを示唆した。愛知の地裁判決は広島、東京判決よりもさらに踏み込んで、「〔原告たちの在学中に〕愛知朝鮮高校と朝鮮総聯の関係が劇的に変化し、愛知朝鮮高校が朝鮮総聯から「不当な支配」を受けているとの合理的疑いを文部科学大臣が抱かない可能性が相当程度あったと認めることは困難である」とまで言及した。そして、「本件省令ハの削除の違法性について判断するまでもなく、本件省令ハの削除により、原告らの就学支援金に関する法的利益が侵害されたとは認められない」と判示した。ハ規定削除の違法性を糊塗するために、将来的にも13条に適合すると認めるに至る可能性はなかったとすることで、その違法性判断を回避したものといえる。
 そして最後に、最も深刻な点として、朝鮮学校の教育内容と「不当な支配」に関する判決の価値判断についてである。愛知の地裁判決は、広島、東京判決が正当化した「授業料に係わる債権に充当されないこと」への「懸念」とは別に、朝鮮学校の教育内容について具体的に言及し、「不当な支配」の「合理的疑念」を認定した。
 判決はまず、教育基本法第16条1項が禁じている「不当な支配」について、「「不当な支配」の主体には朝鮮総聯や北朝鮮も含まれ得る」として、「一部の社会的勢力が教育に不当に介入することにより、党派的な政治的観念や利害によって支配されるべきものではない教育が、その本来の目的に従って行われることをゆがめられるような支配をいうと解するのが相当である」と指摘した。
 その上で、①総連などの介入によって「理事会・評議員会による学園運営が自律的に行われていないのはないかという合理的疑念が存在する」こと、②朝鮮学校の教育内容について、「北朝鮮の政治指導者を個人崇拝し、その考えや言葉を絶対視するような内容のものとなっていると合理的に疑わせる事情が存在した」ことを挙げ、指定規程13条に適合すると認めるに至らないことを理由とした文科大臣の不指定処分に裁量権を逸脱・乱用した違法があるとは認められないと判断した。
 この判決の特徴として特筆すべきは、②の朝鮮学校の教育内容について具体的に言及し、朝鮮学校が共和国やその指導者を支持・肯定することを「不当な支配」が疑われる事情として認定した点にある。判決は、「在日外国人団体が外国本国ないし在日民族団体から教育内容について影響を受けること自体は一般的にもあり得ること」としつつ、朝鮮学校の教科書について、「その中には北朝鮮の最高指導者を絶対視し、これを賛美・礼賛する表現が多数見られ」、「一方的に偏った観念を植え付ける教育なのではないかとの疑いを抱かせるものであったこと」を指摘した。
 さらに判決は、「北朝鮮の政策を高く奉じ、朝鮮総聯の綱領を固守することを任務」としている朝青との関係や、総連の指導を問題に挙げた。その上で、教育基本法16条が「教育の中立性・不偏不党性」を求めているとし、「「不当な支配」の有無を判断するに当たって、教育内容が一切判断材料にならないとは考えられない」と指摘した。そして、「北朝鮮の最高指導者を絶対的なものとして崇拝する教育が行われているとの合理的疑念がある」として、「不当な支配」の「合理的疑念」を認定したのである。こうした判断は、朝鮮学校が共和国(とその指導者)を支持し、その立場から教育を行うことそれ自体を、「不当な支配」が疑われる事情として断定したという点で、裁判官の偏見が表出したものだといえる。裁判官は、日本の教育は「中立性・不偏不党性」があり、共和国の指導者を肯定的に評価し、教育することは「不当な支配」に繋がりうるという自らの価値観を判決文において披瀝したのである。
 こうした判決のさらなる問題点は、朝鮮学校の民族教育と共和国(とその指導者)を支持することとを区別し、後者を「不当な支配」と関連づけ、論じていることである。判決は、「生徒や父兄の多くは在日朝鮮人同胞と民族教育が受けられる点を重視して朝鮮高校を進学先に選択していることが認められる」としつつ、「民族教育の価値を尊重すべきことと、「不当な支配」が疑われることは別個の問題として考えざるを得ない」と指摘した。そして、「〔文科大臣の認定判断の裁量が〕比較的狭いことを考慮しても、裁量権を逸脱・乱用した違法があるとは認められない」と判示した。「民族教育」とは、共和国の指導者、「北朝鮮の政策」を支持することとは分離されるべきだという裁判官の価値判断が反映されているのである。
 こうした判断は、不指定処分の取り消し・指定の義務づけを認めた大阪地裁の判決とは極めて対照的である。大阪地裁判決は、「朝鮮高級学校が朝鮮語による授業を行い、北朝鮮の視座から歴史的・社会的・地理的事象を教えるとともに北朝鮮を建国し現在まで統治してきた北朝鮮の指導者や北朝鮮の国歌理念を肯定的に評価することも、朝鮮高級学校の上記教育目的それ自体には沿うもの」として、大阪学園側の主張を受け入れた。また、朝鮮学校と総連との関係性について次のように指摘した。

朝鮮総聯は、第二次世界大戦後の我が国における在日朝鮮人の自主的民族教育が様々な困難に遭遇する中、在日朝鮮人の民族教育の実施を目的の1つとして結成され、朝鮮学校の建設や学校認可手続などを進めてきたのであり、朝鮮学校は、朝鮮総聯の協力の下、自主的民族教育施設として発展してきたということができる〔中略〕、このような歴史的事情等に照らせば、朝鮮総聯が朝鮮学校の教育活動又は学校運営に何らかの関わりを有するとしても、両者の関係が我が国における在日朝鮮人の民族教育の維持発展を目的とした協力関係である可能性は否定できず、両者の関係が適正を欠くものと直ちに推認することはできない。〔中略〕朝鮮高級学校において北朝鮮の指導者に敬愛の念を抱き北朝鮮の国家理念を賛美する内容の教育が行われており、この教育に朝鮮総聯が一定程度関与している事実をもって本件特段の事情〔債権の確実な充当にあてられないという懸念、「不当な支配」を受けているとの疑念を生じさせる事情〕があるということはできない。

 以上のような大阪地裁判決からも愛知の地裁判決の問題点は明らかである。愛知の地裁判決は、共和国(とその指導者)を支持することそれ自体が、「一方的に偏った観念を植えつける」ものだという判断に基づいているのである(大阪判決は、「北朝鮮の指導者に敬愛の念を抱き北朝鮮の国家理念を賛美する内容の教育」それ自体をもって、「不当な支配」の「合理的疑念」を認定できないと判断している)。上述した愛知の判決こそが、「偏った観念」、偏見に満ちたものだといえる。
 名古屋地裁判決は民族教育の意義、朝鮮学校の営みを真っ向から踏みつけ、ねじ曲げたものである。判決は、「在日朝鮮人である原告らにとって、同胞が共に学ぶ朝鮮高校において民族教育を受け、自己の民族的アイデンティティを確立することが、その人格形成に当たって極めて重要なものであることは十分首肯し得る」と指摘した。さらに、「本件不指定処分が学校選択の自由に間接的に影響を与える側面を有することも否定できない」とし、「朝鮮語を公式言語とする学校が朝鮮高校以外に存在しないとすれば、朝鮮高校が不指定処分を受けた場合に、これに代替する学校が見つけることが困難であることも理解できる」とした上で、次のように主張した。

しかしながら、本件不指定処分の法的効果は、愛知朝鮮高校で学ぶ生徒に年額11万8800円の就学支援金の受給資格が認められないというものにとどまり、愛知朝鮮高校において民族教育を行う自由を法的に規制する効果を伴うものでも、原告らが愛知朝鮮高校にて学ぶ自由を法的に規制する効果を伴うものでもない。〔中略〕また、本件省令ハの削除が、朝鮮高校生に対する差別意識に基づいて行われたものであるとか、朝鮮高校生に対する差別感情を助長させる効果を有するものである場合には、就学支援金に関する法的利益とは別に、原告らの人格権を独立して侵害する可能性があるが、〔中略〕本件省令ハの削除が、このような目的・効果を有するものであると認めることはできない。

 判決は、無償化制度から適用が除外されたとしても、年11万8800円の就学支援金が受給できないものに留まり、民族教育が法的に規制されるわけでもないと言い切った。そして、ハ規定削除は朝鮮学校生徒に対する差別感情を助長させる効果さえも存在しないと断じたのである。朝鮮学校・在日朝鮮人に対する差別、抑圧政策に加担し、助長する醜悪な判決だと言わざるをえない。
(誠) (下に続く)
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